第48回O-ネットセミナー

身体拘束はなぜ、なくならないのか

〜“縛らない介護”のために必要なこと〜

柴尾講師の話に耳を傾ける皆さん。「誤嚥予防は嚥下力よりも“覚醒”が大事。覚醒・座位姿勢・食欲がポイントとなる」「誤薬は食前に食後薬を飲ませていることとも起因する」など講師から役立つ情報も豊富に提供された。

介護保険の開始を機に、介護施設などで禁止されるようになった身体拘束。しかし事故予防や人手不足を理由に、拘束を行っている施設も依然みられます。そこでO-ネットでは7月25日、柴尾慶次・日本高齢者虐待防止学会理事を講師に、第48回O-ネットセミナー『なぜ、身体拘束はなくならないのか』を大阪市北区のPLP会館で開催しました。猛暑のなか、施設関係者・オンブズマン・外部評価調査員など103名が受講し、講師の説得力ある話に耳を傾けました。

拘束ゼロの取り組みにはトップの決断が不可欠

介護保険では利用者の主体性の尊重を謳い、指定基準にも「緊急やむを得ない場合を除き、身体拘束その他入所者(利用者)の行動を制限する行為を行ってはならない」と明記されています。

制度の開始とともに「身体拘束ゼロ作戦」が始まり、廃止への取り組みが各地で広がりました。06年には拘束廃止未実施施設への減算規定も設けられました。しかし最近では取り組みの熱意も薄れ、当初の動きを知らない介護関係者も増加。センサーマット、ナンバーロック、モニターなど利用者の行動制限につながる新たな拘束も広まっています。また、禁止規定の例外3要件(切迫性・非代替性・一時性)、「医療機関は除外」というダブルスタンダードも、取り組みが進まない一因となっています。

拘束は、身体機能の低下や尊厳の喪失など利用者の心身に悪影響をもたらすだけでなく、介護職員の士気の低下にも影響を与えます。拘束や不適切ケアを放置していると、いつかは虐待となって表面化する。それだけに拘束を「是認しない」というトップの強い決断が不可欠です。

「ケアの必要量」をもとに根拠ある人員確保と配置を

身体拘束に至る理由で多いのが「家族の意向」「人員不足」「事故予防」の3つです。

「家族の意向」が前面に出るのは、施設が介護の専門性を放棄している、とも言えます。利用者主体の誤認、低い人権意識の表われではないでしょうか。

「人員不足だから」という理由は確かに一理あります。マスコミによる3K報道や少子化の影響で人材確保が難しい。しかし、事故を防ぐには介護現場に何人いればよいのか…。一定の根拠に基づいた議論やケア論が未成熟であるのも現状です。

私は、「ケアの必要量」と「ケアの提供量」をもとに必要な人員を割り出して確保していくことが必要ではないかと考えます。要介護度から各利用者の1日にかかるケア時間を数値化できる。漫然と「人員不足」を理由にするのではなく数値化した根拠をもとに少し余裕をもって職員を採用する。欠員補充型の人事を繰り返すのではなく、そうした工夫も求められます。

統計やその経年変化から養いたい事故予防の視点

拘束が「事故予防のため」という理由は説得力を持ちません。統計を見れば「拘束をやめたら事故が増えた」とは言えないことが分かります【表参照】。とくに「誤嚥・窒息」は拘束を外した方が10倍も事故が減っている。一方、車椅子やベッドからの「転落・ずり落ち」は拘束を外した方が増えています。しかし、車椅子の座位保持時間は適切か、低床ベッドや超低床ベッドは検討したのか、など工夫の余地はあると思われます。

介護保険開始以降、介護の世界ではさまざまなデータが公表されるようになりました。事故についてもそうしたデータから見えてくることが多々ある。安易に拘束を行うのではなく、統計やその経年変化から事故予防の視点を養いたいものです。

例えば、広すぎる空間が高齢者の転倒率を高めていることも統計を見ると明らかです。在宅高齢者の転倒発生率は女性で14.8%なのに対し、施設・病院での転倒率は37%。広すぎる廊下や家具などのない殺風景な居室が転倒の危険性を高めているのが分かる。そうしたデータから対策を立てることもできるでしょう。

現場の気づきと創意工夫が、
拘束のないケアにつながる

事故予防に関しては、とくに認知症高齢者の転倒について注意が必要です。認知症の人は周辺症状による興奮や徘徊から転倒を引き起こすリスクが高く、年間転倒発生頻度は在宅の元気な高齢者の3〜4倍に上っています。転倒リスクアセスメント、転倒に関するヒヤリハット報告書からの検討・再考、職員教育などを強化することによる対策が求められます。

私が以前いた施設では、転倒予防の一つとしてフットケアに取り組んでいました。高齢者の場合、足爪の異常は下肢筋力・平衡機能の低下を招きます。爪に変形がある人の約半数が1年間で転倒するというデータもあるほどです。足浴とマッサージを日常的に行うことにより、足指全体で身体を支えやすくなり、転倒予防につながります。また、リラクゼーション効果もあり、下肢保温、日中・夜間頻尿の改善、入眠促進にも効果的です。1日15分前後、職員が1人の利用者に向き合うことにより会話が生まれ、双方の満足感も高まります。

ともあれ転倒はさまざまな複合的要因から起こります。メニエール病や脳梗塞の後遺症による半側空間無視などの利用者の内的要因、滑りやすい床になっていないか、ベッドの高さは適切かといった生活環境面での外的要因の検討も必要でしょう。いろんな可能性を一つひとつ考えながら予防していく。そこに現場の創意工夫が生まれ、人と人とが関わり合いながら何かを生み出す楽しさ、介護の仕事の魅力につながっていくはずです。さまざまな気づきや工夫を活かし質の高いケアを実践することにより、拘束・抑制のないケアにつなげていきましょう。

柴尾慶次さん…30年以上、介護現場に従事。2014年度まで大阪・田尻町の特養「フィオーレ南海」施設長として身体拘束・高齢者虐待防止に先進的に取り組む。現在、老人保健施設「大阪緑ヶ丘」事務長。著書に『事故とリスクマネジメント』(中央法規出版)など。 2001年、厚労省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」より発行。今も取り組みのバイブルとして活用されている。